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東京高等裁判所 昭和38年(う)1771号 判決 1963年11月25日

被告人 西脇政一

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役六月に処する。

理由

本件控訴の趣意は、千葉地方検察庁検事正代理検事浅見敏夫提出の控訴趣意書に記載されているとおりであり、これに対する答弁は、弁護人石橋信の提出にかかる答弁書に記載されているとおりであるから、これらを引用し、これに対し当裁判所は事実の取調を行つたうえ、次のとおり判断する。

検察官の控訴趣意は、原審は、本件公訴事実の全部を認めながら、被告人の本件犯行当時における精神状態を心神喪失と認定したうえ、刑法第三九条第一項を適用して、被告人に対して無罪の言渡をしたが、原判決の右無罪理由には、重大な事実の誤認があり、もしくはこれに対する法令の解釈適用を誤つた違法があり、それが判決に影響を及ぼすことが明らかであるという旨の主張にほかならない。

そこで、審按するに、原判決は、鑑定人松本胖の作成にかかる鑑定書、とくに、被告人の本件犯行当時の精神状態は、「気分昂揚的異常性格傾向に、軽い知能障害の加重された人格面全般の水準低下の状態において飲酒し、その酩酊状態は、飲食前に服用したハイミナールの作用によつて増強され、高度の意識混濁と不気嫌状態を伴う強い運動性興奮を呈し、定型的な病的酩酊といいうる状態にあつたと考えられる。従つて、この範囲では、是非を弁別し、それに従つて行動する能力は、著るしく障害されていたと考えられ、その責任能力は、高度に限定されていたものと考える。」旨の記載、原審第三回公判調書中証人飯塚敏夫の供述記載、被告人の司法警察員および検察官に対する各供述調書などを総合して、被告人は、本件犯行当時心神喪失の状態にあつたものと認定していることは、その判文にてらし明らかである。しかし、当審証人松本胖の当公判廷における供述によれば、右鑑定書は、精神医学上の見地から、被告人の本件犯行当時の精神状態を前記のように鑑定したまでのことであつて、それが刑法上にいわゆる心神喪失にあたるか、心神耗弱にあたるにすぎないかをまで鑑定したものではないことを看取することができる。また、ある人の常日頃の酒量、犯行当時におけるその人の飲酒量がどの位であつたかに関する当該本人の供述、または当時一緒に飲酒をした人の供述のごときは、飲酒の結果心神喪失の状態にあつたか、または心神耗弱の程度にあつたかというような微妙な差を判定する資料としては、大した価値を有するものではない。そして、山本政子の司法警察員および検察官に対する各供述調書、小野文子および萱森平八郎の検察官に対する各供述調書、前田真子および栗原美子の司法警察員に対する各供述調書、飯塚敏夫の司法警察員および検察官(昭和三七年八月二〇日付)に対する各供述調書によれば、被告人の本件犯行は、被告人が簡易料理店「小政」こと山本政子方において、酔余同店の女中らに乱暴をしたことについて、被害者山本政子から強くたしなめられたことに憤慨してなされたものであることが明らかであり、また、本件犯行当時被告人はある程度において、その状況を察知しながら行動をしていたことが十分認められ、是非善悪を弁別する能力を失つていたものとは、とうてい認めることができない。したがつて、右各供述調書と前記鑑定書の記載と当審証人松本胖の当公判廷における供述を綜合して考察すると、被告人は本件犯行当時ハイミナール約六錠を服用したのち、飲酒をした結果心神耗弱の状態にあつたものであつて、原判決のいうような心神喪失の程度には至つていなかつたものと認定するのを相当とするから、論旨は理由がある。

よつて、刑事訴訟法第三九七条、第三八二条により原判決を破棄し、なお、訴訟記録ならびに原裁判所および当裁判所において取り調べた証拠によつて、直ちに判決をすることができるものと認められるので、同法第四〇〇条但書に従い被告事件について、さらに判決をする。

(罪となるべき事実)

被告人は、昭和三七年六月五日午後八時ごろ、千葉県東葛飾郡浦安町当代島三八五番地簡易料理店「小政」こと山本政子(当時三九年)方において飲酒中、同店の女中の接待が悪いといいがかりをつけ、女中にビールをかけるなど乱暴を働いたのを右山本に強くたしなめられたのに憤慨し、いきなり左手で同女の胸ぐらを掴んで同店前の路上に押し出し、そのまま同店向い側にあるトタン塀の下のゴミ箱のところに同女を押しつけて、右手拳で同女の顔面を五、六回殴打し、あるいは両手で同女の胸ぐらを掴んで二、三回こずき、さらに両手で同女をその場に押し倒すなどの暴行を加え、よつて、同女に治療約二週間を要す両肘関節部、背部、頭部打撲裂傷の傷害を負わせたものであつて、なお被告人は本件犯行当時心神耗弱の状態になつたものである。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)

被告人の本件所為は、刑法第二〇四条、罰金等臨時措置法第三条第一項第一号、第二条に該当するので、所定刑中懲役刑を選択し、本件犯行当時心神耗弱の状態にあつたので、刑法第三九条第二項により法定の減軽をした刑期範囲内において、被告人を懲役六月に処し、なお当審における訴訟費用は、刑事訴訟法第一八一条第一項但書に則り被告人にこれを負担させないこととして、主文のとおり判決する。

(裁判官 小松健治 遠藤吉彦 吉川由己夫)

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